292 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/09/23(土) 22:02:53 ID:i+lB+wyC
弟は小学生の時算数が苦手だった。
小学4年の時だったら足し算とか簡単なはずなのに本当にわかんなくてテストはいつも30点とか。
母はそんな弟を見て、なんで他の子みたいにできないのかって
テストを渡すたびに起こられてた。
で、家庭訪問の日。弟は頭が悪いからチクられるんじゃないかって
気になってるみたいだから2人でふすまから覗くと、なぜか母と先生が泣いてた。
弟はそんなにバカなんだなーって子供ながらに辛くて、二人で泣いてたら急に弟が
一気にふすまあけて「頭悪くてゴメンナサーイ」って泣いたの。
そしたらお母さんが弟をぎゅって抱きしめてきた。
怒られるかとおもってたからびっくりしてたら、先生が事情を説明してくれた。
学校で、ちょっと障害のある子が弟の隣の席だった。
算数ドリルをやるときとかよく手をもじもじしながらウーウーうなってて、
クラスの男子にバカにされると物とか投げ散らして暴れるような子。
ある日バカ男子がその子のことを馬鹿にし始めたら、弟はその子達にはむかってったらしい。
んで、なんだかんだあって(覚えてないんだが)みんなその子に対しての
いじめとかなくなってって、今では休み時間とかもみんなで遊んだりしてるそう。
その子の親がすごく喜んでくださってて、今度お礼に伺いたいということを話してたらしい。
その後先生が通知表を見せながら
「算数よりも人として大切なことを、○君はわかっています。だから怒らないで
あげてください。お勉強は私がみっちり教えますのでw」と言った。
算数は2だったけど、思いやり・親切心と友達を大切にしているの項目に二重丸の判子の横に
先生が手書きで大きいハナマルをつけていた。
中学卒業時に離れてしまったけど、弟は今年彼のいる養護施設の介護士となって
今も楽しく遊んでいます。
弟は小学生の時算数が苦手だった。
小学4年の時だったら足し算とか簡単なはずなのに本当にわかんなくてテストはいつも30点とか。
母はそんな弟を見て、なんで他の子みたいにできないのかって
テストを渡すたびに起こられてた。
で、家庭訪問の日。弟は頭が悪いからチクられるんじゃないかって
気になってるみたいだから2人でふすまから覗くと、なぜか母と先生が泣いてた。
弟はそんなにバカなんだなーって子供ながらに辛くて、二人で泣いてたら急に弟が
一気にふすまあけて「頭悪くてゴメンナサーイ」って泣いたの。
そしたらお母さんが弟をぎゅって抱きしめてきた。
怒られるかとおもってたからびっくりしてたら、先生が事情を説明してくれた。
学校で、ちょっと障害のある子が弟の隣の席だった。
算数ドリルをやるときとかよく手をもじもじしながらウーウーうなってて、
クラスの男子にバカにされると物とか投げ散らして暴れるような子。
ある日バカ男子がその子のことを馬鹿にし始めたら、弟はその子達にはむかってったらしい。
んで、なんだかんだあって(覚えてないんだが)みんなその子に対しての
いじめとかなくなってって、今では休み時間とかもみんなで遊んだりしてるそう。
その子の親がすごく喜んでくださってて、今度お礼に伺いたいということを話してたらしい。
その後先生が通知表を見せながら
「算数よりも人として大切なことを、○君はわかっています。だから怒らないで
あげてください。お勉強は私がみっちり教えますのでw」と言った。
算数は2だったけど、思いやり・親切心と友達を大切にしているの項目に二重丸の判子の横に
先生が手書きで大きいハナマルをつけていた。
中学卒業時に離れてしまったけど、弟は今年彼のいる養護施設の介護士となって
今も楽しく遊んでいます。
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852 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/11/08(水) 20:14:21 ID:87n2mWE1
弁当、中学のときの先生にもらったことがあるw
お弁当忘れたら、「なんだ~!じゃあ先生のを半分やろう!先生最近
太っちゃってさ。」といそいそ半分よこしてくれた先生。
クラスの男の子で、ちょっとぐれていた子が、いつもパンを買ってるのを
見て、何回か「いいなぁ。そのパンおいしそうだな!!先生のと
とっかえてくれよ~~~」と、自分のお弁当と取替えてもらっていた。
その男の子は恥ずかしそうにしてたけど、「先生のお弁当美味いね」と
いつも完食。先生はとても嬉しそうだった。
先生の奥さんも、たまに大量におかずを持たせていたらしいが、ぐれた
男の子のことを気にしていたようだった。
男の子の親はお母さんだけで、その母親もたまにしか家に帰らずに
男のところに入り浸っていて、帰ると息子に5千円か1万円くらいを
渡してまたいなくなる、という家庭環境(近所では有名だった)で、
手作りのおかずは身近なものではなかったんだと思う。
「先生、奥さんのご飯美味いじゃん。いつも食えていいね。」
と言ってたその男の子、卒業式で先生と一緒に大泣きしていた。
弁当、中学のときの先生にもらったことがあるw
お弁当忘れたら、「なんだ~!じゃあ先生のを半分やろう!先生最近
太っちゃってさ。」といそいそ半分よこしてくれた先生。
クラスの男の子で、ちょっとぐれていた子が、いつもパンを買ってるのを
見て、何回か「いいなぁ。そのパンおいしそうだな!!先生のと
とっかえてくれよ~~~」と、自分のお弁当と取替えてもらっていた。
その男の子は恥ずかしそうにしてたけど、「先生のお弁当美味いね」と
いつも完食。先生はとても嬉しそうだった。
先生の奥さんも、たまに大量におかずを持たせていたらしいが、ぐれた
男の子のことを気にしていたようだった。
男の子の親はお母さんだけで、その母親もたまにしか家に帰らずに
男のところに入り浸っていて、帰ると息子に5千円か1万円くらいを
渡してまたいなくなる、という家庭環境(近所では有名だった)で、
手作りのおかずは身近なものではなかったんだと思う。
「先生、奥さんのご飯美味いじゃん。いつも食えていいね。」
と言ってたその男の子、卒業式で先生と一緒に大泣きしていた。
910 名前:名無しの心子知らず[sage] 投稿日:2007/04/04(水) 11:54:07 ID:NDMEZ2o2
突然だけど、母親のこと子供にどう話してる?
俺の娘は今年4歳になるが、嫁は娘を生んですぐに家を飛び出したので、子供には母親の記憶はない。
今まで母親のことはあまり話題にせず避けてきたんだが、こないだちょっと考えさせられる出来事があった。
仕事の移動中に乗った電車の中でのこと。
俺の隣には、幼稚園くらいの女の子が、母親らしい若い女性と一緒に乗っていた。
途中、駅で片腕のない女性が乗ってきて、俺達の向かい側に座った。
女の子が「お母さん、なんであの人は手ないん?」と、みんなに聞こえる声で言ったので、俺は一瞬ドキっとして、女性と親子から思わず目をそらした。
が、母親らしき女性は慌てることなく、女の子に向かって言った。
母親「いろんな人がいるの。みんなが同じじゃないの。○○ちゃんにはおじいちゃんとおばあちゃんがいないでしょう?」
女の子「うん、みんなはおるけど私はおじいちゃんとかおらへんねんなー」
母親「うん、いろんな人がおるけど、おじいちゃんやおばあちゃんがいないのは、○○ちゃんのせいじゃないでしょ?」
女の子「うん、違う。あ、△△ちゃんとこはお父さんおらへんねんで」
母親「そうね、でも、それは△△ちゃんのせいじゃないよね」
女の子「うん、違う!」
母親「だからね、みんなおんなじじゃないの。みんなそれぞれ、持ってるものと、持ってないものがあるんよ。でもね、持ってないからって、その人は何も悪くないし、他の人と何も違わないんよ」
腕のない女性を含めて、車内に乗り合わせていた人たちはみんな暖かい目でその親子を見守っていた。
思わず目をそらしてしまった自分が恥ずかしくなった。
自分の娘にも、母親のことを恥じない子に育って欲しいと思った。
この電車の親子は、俺に子育ての大事なことを教えてくれた気がする。
文才なくて長文スマソ。
突然だけど、母親のこと子供にどう話してる?
俺の娘は今年4歳になるが、嫁は娘を生んですぐに家を飛び出したので、子供には母親の記憶はない。
今まで母親のことはあまり話題にせず避けてきたんだが、こないだちょっと考えさせられる出来事があった。
仕事の移動中に乗った電車の中でのこと。
俺の隣には、幼稚園くらいの女の子が、母親らしい若い女性と一緒に乗っていた。
途中、駅で片腕のない女性が乗ってきて、俺達の向かい側に座った。
女の子が「お母さん、なんであの人は手ないん?」と、みんなに聞こえる声で言ったので、俺は一瞬ドキっとして、女性と親子から思わず目をそらした。
が、母親らしき女性は慌てることなく、女の子に向かって言った。
母親「いろんな人がいるの。みんなが同じじゃないの。○○ちゃんにはおじいちゃんとおばあちゃんがいないでしょう?」
女の子「うん、みんなはおるけど私はおじいちゃんとかおらへんねんなー」
母親「うん、いろんな人がおるけど、おじいちゃんやおばあちゃんがいないのは、○○ちゃんのせいじゃないでしょ?」
女の子「うん、違う。あ、△△ちゃんとこはお父さんおらへんねんで」
母親「そうね、でも、それは△△ちゃんのせいじゃないよね」
女の子「うん、違う!」
母親「だからね、みんなおんなじじゃないの。みんなそれぞれ、持ってるものと、持ってないものがあるんよ。でもね、持ってないからって、その人は何も悪くないし、他の人と何も違わないんよ」
腕のない女性を含めて、車内に乗り合わせていた人たちはみんな暖かい目でその親子を見守っていた。
思わず目をそらしてしまった自分が恥ずかしくなった。
自分の娘にも、母親のことを恥じない子に育って欲しいと思った。
この電車の親子は、俺に子育ての大事なことを教えてくれた気がする。
文才なくて長文スマソ。
216 :名無しゲノムのクローンさん :2006/07/13(木) 01:28:33
もう十数年前になるけど、嫁が急逝してドロップアウトした。
赴任先の基幹病院のある地方都市。俺の嫁は誰も知り合いもいない土地で、最後まで子供の心配しながら
最後まで俺に謝り続けて一人で逝った。3歳の娘一人残して。
葬式の時、娘は「ママいつ来るの?ママいつ起きるの?いつ起きるの?」ってずっと泣いていた。
娘は嫁の実家で面倒みてもらいながら仕事に戻ったよ。忙しい病院だった事に加え、いつも学会準備に
追われていたので帰宅は毎日遅かった。それでも休みの日には嫁の実家に泊まりにいって、少しでも娘と
一緒にすごすようにした。母親がいなくなった事も受け入れているようで、俺がいくといつも笑って走って
来て「パパー!!」って抱きついてきた。
嫁の実家に行ってからは泣くこともなく娘は楽しく暮らしているように見えたよ。
もう十数年前になるけど、嫁が急逝してドロップアウトした。
赴任先の基幹病院のある地方都市。俺の嫁は誰も知り合いもいない土地で、最後まで子供の心配しながら
最後まで俺に謝り続けて一人で逝った。3歳の娘一人残して。
葬式の時、娘は「ママいつ来るの?ママいつ起きるの?いつ起きるの?」ってずっと泣いていた。
娘は嫁の実家で面倒みてもらいながら仕事に戻ったよ。忙しい病院だった事に加え、いつも学会準備に
追われていたので帰宅は毎日遅かった。それでも休みの日には嫁の実家に泊まりにいって、少しでも娘と
一緒にすごすようにした。母親がいなくなった事も受け入れているようで、俺がいくといつも笑って走って
来て「パパー!!」って抱きついてきた。
嫁の実家に行ってからは泣くこともなく娘は楽しく暮らしているように見えたよ。
490:おさかなくわえた名無しさん :2007/04/25(水) 23:26:49 ID:sIavmEJ0 [sage]
私の前の上司(課長)は無口、無表情。雑談には加わらず、お酒も飲まず、人付き合いをしない堅物でした。
誠実公平、どんな時でも冷静なので頼もしい上司なのですが、堅過ぎて近寄りにくい雰囲気がありました。
そんな課長の机の上には奥さん、子供四人と写った写真が飾られてて、
「あの朴念仁でも家族は愛してるんだな」と微笑ましく思ったものです。
何年経っても同じ写真が飾ってあったので、理由を聞いてみたら、
「一番かわいかった頃の写真だからね」と照れ笑いを浮かべながら答えてくださいました。
それが私の見た唯一の課長の笑顔でした。
そんな真面目一徹、入社以来無遅刻無欠勤の課長が三日続けて無断欠勤。
家に電話しても誰も出ず、親族の連絡先も分からなかったので、
部長が直接課長のマンションを訪ね、管理人さんにお願いしてドアを開けていただきました。
課長は玄関で倒れていて、既に冷たくなっていました。急性心不全だったそうです。
部長が管理人さんに課長の家族がいつ戻ってくるか聞くと、「○○さんには家族はいないですよ」という返事。
あわてて人事部の資料をほじくり返すと、確かに課長には家族がいません。
課長は10年前に中途入社した人なので、それ以前に家族に逃げられていて、
写真を見て幸せだった時代を懐かしんでいたんだと思い、少し悲しくなりました。
結局、課長の葬儀にも家族も親族も顔を出さず、血縁の人たちの冷たさにもっと悲しくなりました。
後日墓参りに行くと、立派なお墓が立っていました。死んでやっと家族と和解できて、
立派なお墓を立ててもらえたのかと安心して墓石を見てみると、愕然としました。
お墓は古びていて、課長と同じ名字の名前が墓誌にいくつも彫ってありました。
課長以外は全員十数年前の同じ日に亡くなっていました。
家族を一度に亡くしてからの十数年の歳月を、彼はどんな気持ちで過ごしていたんでしょうか?
二度と会えない家族の写真をどんな思いで毎日眺めていたんでしょうか?
人を遠ざけ、自分のことを決して語らなかった課長の姿を思い出し、涙が止まりませんでした。
私の前の上司(課長)は無口、無表情。雑談には加わらず、お酒も飲まず、人付き合いをしない堅物でした。
誠実公平、どんな時でも冷静なので頼もしい上司なのですが、堅過ぎて近寄りにくい雰囲気がありました。
そんな課長の机の上には奥さん、子供四人と写った写真が飾られてて、
「あの朴念仁でも家族は愛してるんだな」と微笑ましく思ったものです。
何年経っても同じ写真が飾ってあったので、理由を聞いてみたら、
「一番かわいかった頃の写真だからね」と照れ笑いを浮かべながら答えてくださいました。
それが私の見た唯一の課長の笑顔でした。
そんな真面目一徹、入社以来無遅刻無欠勤の課長が三日続けて無断欠勤。
家に電話しても誰も出ず、親族の連絡先も分からなかったので、
部長が直接課長のマンションを訪ね、管理人さんにお願いしてドアを開けていただきました。
課長は玄関で倒れていて、既に冷たくなっていました。急性心不全だったそうです。
部長が管理人さんに課長の家族がいつ戻ってくるか聞くと、「○○さんには家族はいないですよ」という返事。
あわてて人事部の資料をほじくり返すと、確かに課長には家族がいません。
課長は10年前に中途入社した人なので、それ以前に家族に逃げられていて、
写真を見て幸せだった時代を懐かしんでいたんだと思い、少し悲しくなりました。
結局、課長の葬儀にも家族も親族も顔を出さず、血縁の人たちの冷たさにもっと悲しくなりました。
後日墓参りに行くと、立派なお墓が立っていました。死んでやっと家族と和解できて、
立派なお墓を立ててもらえたのかと安心して墓石を見てみると、愕然としました。
お墓は古びていて、課長と同じ名字の名前が墓誌にいくつも彫ってありました。
課長以外は全員十数年前の同じ日に亡くなっていました。
家族を一度に亡くしてからの十数年の歳月を、彼はどんな気持ちで過ごしていたんでしょうか?
二度と会えない家族の写真をどんな思いで毎日眺めていたんでしょうか?
人を遠ざけ、自分のことを決して語らなかった課長の姿を思い出し、涙が止まりませんでした。
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